not good but great

プログラミング、アート、映画・本の感想について書きます。

地震があった。

3月10日だったかいつのことか忘れるくらい衝撃的な地震があった。東北は壊滅的、原発の温度は上昇してんてこ舞いだ。東京では計画停電が行われIT系の仕事についている人は大変だろう。

地震直後はちょっと大きな地震が来たなと思ったくらいだ。僕はテレビを普段部屋に出していないのでテレビを見るためにはしまっているテレビを出さないといけない。それがめんどくさかったから地震直後の情報収集はツイッターだけにしておいた。「地震なう」そんな感じのツイートをしていたように思う。

地震直後僕は地震なんかお構いなしに切らしていたシャンプーと洗剤を買いにホームセンター出掛けた。少し人は少なかったがいつも通り変わらないホームセンター。人々が花やら日用品やらほんとどうでもよいものばかり買っていた。その後僕は友だちの家に行った。理由はウチに泊まりに来る人用の毛布がなくてそれを貸してもらうためだ。テレビの映像はそこで初めてみた。当初僕は毛布をもらうとすぐに帰るつもりであったが思わず息を呑みながら見入ってしまった。

津波が港に停めてあった車を飲みこんでいた。それらはミニカーにしか見えなかった。津波は家屋をぐしゃぐしゃにし勢いを弱めることなく田畑を飲みこんだ。家屋では火災が発生し燃えながら津波に流される様はこの世のものとは思えなかった。やがて夜が更け気仙沼の火災の映像が映し出された。真っ赤に燃える炎は闇夜を照らしていた。気仙沼の地形などを知らなかったために最初は山火事か何かだと思ったが燃えてるのは住宅街であった。・・・と言いつも友だちが淹れてくれたコーヒーに舌鼓を打っていた。そんなもんである。

一旦帰宅すると地元から友人が来た。早速テレビに釘付けである。その時の死者は50人くらいで正直そこまで深刻にはならないと思っていた。だから普通に飯食ってたし就職活動というつまらないものをしている友人のためにES添削などをしていたくらいだ。でも段々死者の数が増えてきた。それに加えて余震が何回も起こり原発が大変なことになっていた。東北だけかと思ったら長野でも地震があったりしてもうそのころにはパニックになっていた。いくら直下型地震についての説明を聞いたって不安はぬぐえず今度は関西かもしれないとびくびくしていた。風呂に水をためてバッグに食糧や水を入れた。ツイッター上では「そこまでしなくてもいいのでは?」みたいな意見が見られたがそんな意見は相手にしなかった。大学に避難しようか。地震がもし来たらどう逃げるかなどを友だちとチェックしながら時を過ごしていた。もし友だちが家に来ていなかったら不安で発狂していたかもしれない。その後朝まで起きていたが眠くなって寝てしまった。

朝起きると犠牲者の数は増えてテレビを見るのが嫌になったので本を読んだりして家にこもったりしていていた。ツイッター上では少し落ち着いたのかボランティアに行こうとか募金を募るようなツイートでいっぱいになった。僕のフォロワーは1900人ほどおりそのほとんどが若い人なのだが彼らの考えが一方向に定まっていくのをとても感じた。「自分に何かできることはないか。被災者を助けたい。」僕はあまりそういうことは思わないようにしていた。大衆の意見が同じ方向に行った時は違うことを考えるほうがいいと思ったからだ。僕が出した答えは何もせずに普段通り過ごすこと。募金するために外に出るわけでもなく学生が起こしている運動に参加するわけでもなかった。

人との関係性についてもいろいろ考えた。ハイチ、チリ、パキスタンなどで大地震が起きた時はこれほど必死にならなかったのはなぜか。それは単に自分の知っている人がいなかったからではないか。自分の家族や友だちがその国にはおらず他人事のように思っていたんじゃないかと。しかし今回の日本で起こった地震について考えてみた時関西に住んで地元が岡山のような僕は東北との関係性は薄い。東北の友だちが少しいたことと親戚が福島に住んでいた、それくらいだ。「親戚が住んでいるなら大問題だろ」と考える人もいるだろう。確かに親戚ではあるけれど何年かに一度しか会わないくらいだ
。それよりも毎日の生活に関わってくるような友だちのほうが大事だ。「血」にこだわる人が多いような気がする。極端にいえば実家を離れて下宿している人なんかは自分のことについて親よりも友だちのほうがよく知っている場合が多いだろう。

知り合いが東北にいなかったらハイチのときの地震のような感じ方になるのだろうか。それはならない。なぜかと考えると友だちの友だちが東北に住んでいる場合があるからだ。自分と間接的ではあるが近い人が被害に遭っていたらそれだけで悲しい。たぶん普通の人はこう考えるだろうが僕は結論としてはそのような考え方になるのだが結論を出す前に「友だちの友だちが悲しいからと言って自分が悲しくなるのか」みたいなことを挟んで考えている。なんで友だちの友だちが悲しむと悲しいのだろう。それは同じ日本に住むから?友だちの友だちの友だちは範囲外なのか?

募金したりする人は他の人がするからするんじゃなくてたくさん考えてほしい。なんでするのか。そういうことを考えないと大衆心理に動かされると思う。

地震は起こらないでほしい。

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