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プログラミング、アート、映画・本の感想について書きます。

主人から与えられる餌or自分でとる餌

闘争の最小回路―南米の政治空間に学ぶ変革のレッスン

闘争の最小回路―南米の政治空間に学ぶ変革のレッスン


「闘争の最小回路」っていう南米の政治について書かれた本を少し読んだ。政治についての知識がなかったり、ネオリベの考え方に慣れ親しんでいないので内容はさっぱりって感じだった。そこでは権力と市民という対立構造のなかでいかにして市民が権力が用意した場で戦わず、自らの尊厳を守っているのかについて詳しく書いてあった。簡潔に書くと、市民たちが自発的にデモグループを作って活動したり、自治組織をつくって対抗しているというものだ。日本の政治は良くないとは言われるが南米も同じである。その中で日本はデモ活動を積極的に行ったりしないのはなぜなのか。

よく言われるのには若者が政治に関心を持たないというものである。政治に関わろうとしても何も変わらないだろうという結論を出している人が多い。この政治への無関心さには政治への知識がないというのが原因だと思う。政治についていろいろな問題がわかれば自分で批判することができるからである。ここで僕は政治に関心を持とうぜみたいなことを言う気もない。僕も政治に関心があまりない一人だと思うし、すごく政治について詳しくなったとしても多くの人を動かして政権を変えるようなことができるかと言えば「ノー」だろう。

政治について知識がないという問題をどんどん遡っていこうと思う。この原因は日本をこうしたいという強いビジョンがないということになるだろう。これ理由は明確な根拠があるというよりは世間の大人たちがよく「ビジョンを持とう」とか「夢を持とう」と叫んでいるからだ笑。ビジョン、言葉を変えれば志を持てば逆境にも負けないから自分の目標を達成できるというわけだ。志を捨てるということは自分のプライドを捨てるということだから嫌な気持ちになる人が多い。だから人はその「嫌な気持ち=自分に負ける」にならないために努力するのだろう。

さらに一段階遡って、なぜビジョンを持たないのかと考えると、ビジョンを持って何かに取り組むのは自分がすることではないと思うからではないか。自分はそんなヒーローでもないと。それはその人が今まで生きて経験から考えられるものである。学校で学級委員、キャプテン、部長、人気者、成績優秀・・・人より優れていたり人の上に立つような役割になったことのない人やなったとしても「これは自分のキャラに合わない」と考える人が大半なんだと思う。

なぜリーダーになろうとしないのか、またはなれないのか。これは自分の能力がないと思っているからだと思う。若い人が社会に出る前、所属するコミニュティというのは学校の部活、バイト、サークルなどが多い。そこでリーダーになる人は指導力があるというよりは実力があるということで選ばれると思う。なぜなら本来なら人格者だったり、実力がなくてもリーダーシップがあるものが最適かもしれないが、中高生・大学生の時にそこまで考えて選ぶ人はいないだろう。なんとなくあいつがリーダーだとかっこいいということに尽きる。こうしてリーダーになる人は優秀でなければならないということになる。反対にリーダーになった人から見ると違う感じ方をしていると思う。サークルなんかでは顕著だと思うが「ほんまに俺でええの?」みたいな感じだ。自分には能力があるから絶対自分がリーダーだと思っているよりは僕の経験上ではみんなが言うからリーダーになったという人が多い。これにはサークルを立ち上げた人には当てはまらない。これは自薦であるから自動的に自分がリーダーになる。立ち上げた人がリーダーになるというのは今の日本企業で見られる創業者が社長というのにつながる考えかもしれない。欧米の企業では立ち上げ人は2~3年で退き経験豊富な経営者に乗り換える企業が多いと聞く。Googleもこれに当てはまる。

じゃあなぜ彼らはリーダーに選ばれたり、自分からリーダーになれるのか。それはよく言うように自信に充ち溢れているからである。自信に満ちていると頼り甲斐があるし、サークルを立ち上げるような一風変わった人は自信になぜか満ち溢れている。大抵の場合、若いからという理由なのかもしれないがそれらの自信には根拠がない。「なんとなくできると思ったらできちゃったんすよ〜」みたいな軽いノリがほとんどだ。

今まで出てきた問いを改めて考え直してみると「ビジョン」「夢」「自信」とかいうような前向きなワードがたくさん出てきた。問題の原因を探すと始めは、物事?が出てくるが結局精神的なところに行きつくように思える。今回はここで考えることをやめて結論を出したとしよう。どうだろう?結論は自信を持っていないからという小学生でも考えつきそうことに行きつく。この結論を大々的に取り上げて若い人に「自信もったらいいよ」と言っても「そんなんわかっっとるわ」ってことになると思う。こういうことが繰り返されているから人々の間にもう答えが出ている。「自信を持とう」「失敗は成功のもと」「明るく前向きに生きよう」とかいうものだ。だからこの答えを器用に利用すれば問題に出逢ってもこの答えを提示して解決しようとする。問題が起こっても精神論に結び付ける思考停止状態だ。この結論が必ずしも間違っているとは言わない。むしろあっていると思う。でも思考の跡を残さずに「どうせ答えはこうでしょ?考えるだけ無駄じゃん」となるのは良くない。これはまさに腹が減ったら餌を求める家畜のようなものだ。困ったら泣き餌を貰う。餌という答えがわかっているから餌をもらえばよいという考え。僕は家畜では檻から逃げ出して自分で餌を見つけるべきだと思う。腹が膨れることには変わりはないかもしれないけど、その餌は主人から与えられる餌とは違う。自分でとった餌だ。主人から餌をもらうのは楽だし、そっちのほうが長い生きできそうだけど刺激がないね。

今日の記事の結論も「自分の頭で考えましょう」っていうどこかで聞いたことのあるようなものになっている笑

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