not good but great

プログラミング、アート、映画・本の感想について書きます。

鳥越 俊太郎『あめりか記者修業 』

この本が書かれた時代は1982年ごろでちょうどアメリカを「メイドインジャパン」が旋風していた。ジャパン=ジャンクという認識が改められ自動車や電化製品がどんどん輸入されたという。フォルクスワーゲンではなくホンダだったのだ。またアメリカの小学校では当時日本についての教育が盛んになされ日本の新幹線、服装などについて調べて発表するという授業があった。これを読んで思うのは昔は日本はこんなにも注目されていたのかということだった。現在日本の製品がアメリカの失業者を増やすという見かたは時代錯誤だろう。電化製品では日本ではなく韓国のサムスンなどが輸出を伸ばしている。ソフトウェアの世界では「メイドインアメリカ」が日本を逆に旋風している。Mac,Windows,iPod,iPhone・・・などなど国産の製品はほとんどなくアメリカのものを皆使っている。日本はアメリカとは違い、いくらアメリカの製品に囲まれてもこれが僕たちから職を奪っているという見方をしない。むしろアメリカすごい、アメリカはかっこいいという感想を持つくらいだ。80年代のアメリカ政治では日本メーカーに対してひいきする政治家がいたとき対抗馬の政治家は決まって「あいつは日本の手先だ。あいつのせいで失業する羽目になっているんだ。」というメッセージを暗に示している。これは日本を知る機会が電気製品ぐらいしかないというところに諸悪の原因があったのだと思う。日本に行ったこともなく、日本の友だちもいるわけでないから日本=悪という見方を信じる人も少なからずいたのだろう。ここから僕が感じたのは現在の日本もそうなのではないかということだ。アメリカの製品に囲まれているが僕にはアメリカの友だちがいるわけでもない。英語はペラペラでないし会話もままらない。情報源もほとんどが日本語環境のものである。そういった限られたアメリカについての情報しかないというのは恐ろしいことだ。これではアメリカの文化なんてわかるわけない。直接的な体験を通じてじゃないとわからないだろう。鳥越さんも渡米前にアメリカについて勉強をしていたとは思うがカルチャーショックの連続だったようだ。鳥越さんのように世界中の人とコミニュケーションを取る人の話を読むといかに自分が偏見をもっていて、相手の文化を寛容に受け止めることが難しいかがわかる。

イギリスの清教徒がアメリカに渡った時から「アメリカに行けば何とかなる」という考えは消えてない。アメリカに行きたいと思える本だった。

広告を非表示にする