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プログラミング、アート、映画・本の感想について書きます。

眼についてのレポート「ヒトの眼に盲点はなぜあるのか」

授業のレポートをつくる際に書いた文章がGoogleドライブから出てきたのでここに掲載してみる。

レポート1

課題は「X印を見ながら、ネズミの絵を見ているとネズミが消えて線が補完されるのはなぜか」というものであった。

ネズミが消えてしまう理由
網膜には視神経が通っている部分があり、そこの箇所に視細胞がないからである。この場所を盲点と呼ぶ。盲点は目の構造を考えると仕方のない存在であるが、解決策を練らないと目が見ている映像に欠損が出てしまう。

線が補完される理由
自分の安全を守るために脳が線を補完するように進化したからである。欠損が出て困ることを考えてみると、自分に取って危険な存在の位置を正しく認識できないことにある。例えば、野球をしていてボールをキャッチするときに欠損が生じてしまうと、ボールをうまくキャッチできずに、顔にボールが当たり怪我をしてしまうかもしれない。人間の遠い祖先のことを考えてみると、猛獣などの外敵に遭遇したときが困るだろう。相手の位置が分からなかったら、一瞬の隙を突かれ襲われるかもしれない。自らの安全を守るために、脳は盲点で欠かれた情報を補完するように進化したのだ。

補完の仕組み
また補完の仕組みを掘り下げてみると、脳は盲点の周りの情報を使って欠損を補完していることがわかる。それは次の実験で知ることができる。今回の例ではネズミが線を隠していたが、線を数字の「1,2,3,4,6,7,8」に変えてみる。ネズミが5を隠しているのだ。人間が普通にその絵を見ると、ネズミの後ろに「5」が隠れているかもしれないと予想するだろう。今回の例と同様にこの図で実験してみると、おもしろいことに「5」は現れなかった。ここからわかることは、脳はこれまでの経験や知識を用いて、情報を補完しているのではなく、盲点の周りの情報をつかって埋め合わせをしているということだ。もし脳が経験や知識に基づいて補完をしていたら、偏った見方で情報を判断しかねない。盲点の補完で失敗し、命を危険にさらすリスクを考えるとそうしないほうが賢明だろう。このような補完の仕組みから、脳が補完をする理由は、やはり自らの安全を守るためではないかと思われる。

参考文献

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)

レポート2

ほとんどレポート1と被っているが掲載してみる。

課題:「ヒトの眼に盲点はなぜあるのか」

理由1:体の構造
網膜には視神経が通っている場所があり、そこに視細胞がないからである。

イカやタコの目の構造
授業でもあったように、イカやタコの構造は逆になっている。視細胞が眼球の外側にあり、視細胞を欠くことがないので、イカやタコには盲点がない。先生の解説によると、発生の違いからヒトとイカの構造は逆になってるということだった。

理由2:進化
ではなぜヒトは盲点をわざわざつくってしまう方へ進化してしまったのだろうか。それを考えてみる。理由は2つあると考えた。

  • 感染症を予防
    1つ目の理由は、目を感染症から守るためである。もし視細胞がイカのように眼球の外側にあったら、外界に潜む様々な菌に細胞をさらしてしまうことになる。歩いているときに、空気中のゴミに触れるかもしれないし、プールに潜るときは直接水に触れることになり、感染する可能性が高くなるだろう。長期的にヒトの繁栄を考えると、病原菌による絶滅を防ぐことは当然なのかもしれない。

  • 太陽光
    2つ目の理由は、太陽に直接、視細胞を当てないためである。ヒトとイカの大きな違いは、前者は陸で生活し、後者は海で生活していることだ。海に太陽の光は届くが、陸と比べれば少ない。もしヒトの眼球の外側に視細胞があると、太陽の光を直接受けることになる。近年、紫外線による皮膚ガンへの懸念もあることだから、視細胞を直接さらすことで人体へ悪影響が出るのではないかと考えた。以上の2点を考慮して、ヒトは子孫繁栄を願って一見非合理的な構造に見える眼を選択したのではないだろうか。