not good but great

プログラミング、アート、映画・本の感想について書きます。

ナンシー関とリリーフランキー「小さなスナック」を読んだ感想(ネタバレあり)とザ・ブルーハーツで弾けてるサラリーマン。

小さなスナック (文春文庫)

小さなスナック (文春文庫)


ナンシー関リリーフランキーの対談集だ。ナンシーさんの名前は何度か聞いたことがあったが、エッセイなどは読んだことがなかった。リリーフランキーとしゃべってるのなら、おもしろいだろうと思い購入。

モノの呼び方

"「バンドエイド」か「サビオ」か、それであなたが露呈する"ではモノの呼び方で、その人のことがちょっとわかって実りのある気分になるということが書かれていた。僕はバンドエイドでもなくサビオ(初めて聞いた)でもなく、カットバンだ。モノ呼び方が違うのは、その人の出身であったり、家族独自の決まりであったりする。方言と言えばそれまでだが、グーパーだけのジャンケンは好例だろう。僕の地元では「グッパリィーシャーラッタス、リーノッタス」という掛け声。他の人は「グッパッパ、パッ」だったりする。

同じようなことが、松本人志の放送室第118回で話されていた。松本と高須の地元では、当時牛乳瓶のフタを積み上げ、それを裏返しにするという遊びが流行っていた。2人で勝負し、勝った方がその牛乳瓶のフタをもらえる。積み上げる枚数が多いほど、リスクは高いがハイリターンだ。その積み上げる枚数の呼び方がおもしろい。「3枚ダー」とか「19枚ダー」と言い、語尾に「ダー」をつける。「ダー」の由来は二人にはわからないようだが、ついつい声に出したくなる語感の良さだ。


牛乳瓶のフタで思い出した。メンコのようにして遊ぶのはおそらく関西だけではなく、全国的に流行っていた。それは以前、竹中平蔵の「経済ってそういうことだったのか会議」で牛乳瓶のフタのネタが書かれていたからだ。なぜこんな本に牛乳瓶のフタの遊びが登場したのかというと、ちょうど牛乳瓶のフタが貨幣に置き換えられるからだ。牛乳瓶のフタはただの紙切れなのに、当時の子どもからするとそれは喉から手が出てくるようなものだった。フタを交換条件にして、話し合いが進んでいた。フタをたくさん持っていたほうが偉いので、みんなこぞってフタを集めた。ある者は家のフタを集め、ある者は隣の家にお願いしてフタをもらっていた。フタが希少だったからこそのことである。ところがある日、ある者がとなり町に行って、フタを大量にもらってきた。となり町ではフタの遊びが流行っていなかったので、フタがたくさんあったのだ。その瞬間、フタの希少価値はなくなり、みんなフタの遊びをするのを止めたそうだ。まるで日本に外貨を大量にもってきたかのように←間違ってるかもしれないw

カラオケ

読み終わった今、リリーフランキーからリリーさんと呼びたくなった。上記のフタの話は、忘れないうちに書こうと思い、第一章を読んですぐに書いた。二人ともカラオケには行くようだ。リリーさんはぎゃーぎゃー騒ぐのは苦手らしく、おはロックを歌うような人は嫌だそうだ。言い得て妙だったのは下のヤツ。

リリー「ザ・ブルーハーツで弾けてるサラリーマン、ストレスの抜き方が下手そうだよね。」

30代くらいのサラリーマンが男同士で歌っているのが目に浮かぶ。さて、僕は音痴なのでカラオケに行くのは嫌いだ。高校生のときはよく行っていたけど、滅法行かなくなった。社会人になってから行かざるを得ないだろう。そういう時に同年代の人間は何を歌うのだろうか。以前、一回り年の離れた方たちとカラオケに行ったときには、彼らはX JapanNirvana,天城越えを歌っていた。天城越えは特定の世代で歌うというよりも、30歳くらいを超えた歌のうまい女性が歌うというイメージだ。若いときに演歌を歌っても雰囲気が出ないので、人生の苦を乗り越えた味のある声で歌ってほしい。20代の定番は何だろうか。ミスチル、サザンが無難なのか・・・全然思いつかない。エレファントカシマシが思いついたが、ブルーハーツのようにストレスの抜き方サラリーマンの姿が思い浮かんだ。

一生懸命諦める

ナンシー「まあ、今実際に働いたりしてる若い子たちっていうのは、どんな状況でも頑張っていれば、ってポジティブの積み重ねなわけじゃん。でもそれって一生懸命諦めるみたいなところにほんとは通じるんだけどね。状態として一生懸命諦めるっていうのは実際けっこうあるんだよ。認識の違いだけでさ。」

リリー「表裏一体。ただ顕在してないだけ、諦めという言葉が。」

ポジティブシンキングを何も考えずに善とすることに前から嫌悪感を感じていた。前向きに物事に対処するのは、とても気持ちがいいし、うまくやりこなせることが多い。でもそれは前向きな解釈を即座にするあまり、自分にとって都合のいいように思っているに過ぎないことがある。「落ち込んでもしょうがない」「明日があるさ」「人間だもの」などなど。失敗やうまくいかない原因に目を向けず、ただただヘラヘラしていてもそれは下降の一歩を辿ることだ。いっそそうなることなら、最初からきっぱり「ダメだこりゃ。」と言って諦めて手を引くのが良いと思う。まためちゃくちゃ落ち込んで、何もかも嫌だと沈んで、いろいろ自己を振り返ることも大切だ。リリーさん、ナンシーさんの二人の会話を読んで、ちょっと立ち止まり考えてみた。ナンシーさんはもういなくなってことは寂しいけど、この二人の対談を学生のときに読めてよかったなあと思う。