遊び半分で新興宗教の集まりに顔出した主人公、和夫が、どんどん宗教に引き込まれていく話だ。手かざしや集会で信者の前で教えを説く際、全く場に合わない明るい音楽が流れているのが印象的だった。そのような明るい音楽が流れることによって、和夫はまだ朱雀教を俯瞰して見れているということがわかるような気がした。和夫が教祖に選ばれて、滝に打たれたり、断食をするところまでは、教祖に必要な「それっぽさ」を出すためにやっているのかなと思った。しかし手かざしを電気なしで行ったり、駒村を擁護したりしていくうちに、自分が教祖であると本気で思っていく過程がこわかった。
司馬役のたけしと岸部一徳が最後まで、金儲けでやっているところもおもしろい。もし二人とも完全に、入信してたらこの映画はおもしろくないだろう。最初見る人は、たけし側にいると思うけど、段々と「ひょっとして私も・・・」と思うかもしれない。そのような心の動きをにおわすところが、おもしろいのかなあと。
相変わらずたけしの映画は殴る蹴るの暴行シーンが多い。そのようなシーンから、「人間は綺麗ごとでは生きていけない」というような教えめいたメッセージを受け取ることは難しく考えすぎだと思う。案外単にたけしがストレスたまっていて、暴行シーンを撮りたいだけなんじゃないか笑。
岸部一徳はたけしの映画によく出ているが、あの生気を感じられない目を持つ役者は彼くらいだろう。そう思うと配役はぴったりだなあと思う。玉置浩二はまじめな青年を演じており、後半、司馬にふっかけられて、「所詮女が求めてきたら答えるのだろう」とつけ込まれた。でも実際の玉置浩二を見ていると、離婚問題とかいろいろあるし、私生活でも女の問題を抱えていそうで、見ていておもしろかった。